練習をゲームみたいに中毒化する方法はあるのか?

キーボーディストのマエバヨシアキ(@maebayoshiaki)です。
いつもブログをお読みいただき、ありがとうございます。

さて、今日のお話しは

練習をゲームみたいに中毒化する方法はあるのか?

というテーマでシタタメていきたいと思います。

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ふと、思ったんです。

人はテレビゲームやスマホゲームにはカンタンに夢中になれるのに、
こと練習においてはなぜやる気がおこらないのだろう?🤔

「ゲームは夢中になれるのに、練習については受け身で腰が重い・・・」

こんな経験ありませんか?
#最近まったくゲームやってないですが

ゲームには中毒性があります。
この中毒性を「練習」にもデザインすることができたら、
もっとワクワクしながら上達できる方法を提案できるになあ、と思うわけです。
#ぼくは練習好きです

きっかけは、こちらの記事でした。

ゲーム自体がおもしろいからではなく、プレイヤー自身が直感する体験そのものがおもしろいから、遊ぶ。

人はモノゴトそのものに関心を持つのではなく、【心を動かす体験に関心を持つ】的なことが書かれていました。

というわけで、
心動かされて紹介されていたこちらの本を購入。
#これから読みます


 

まだ仮説の域を抜けないのですが、
この記事を読んで感じたこと・思ったことを、本を読む前のメモがわりにシタタメておきたいと思います。

直感をデザインする

「直感のデザイン」とは下記のようなことをいうらしいです。

仮 説 「○○するのかな?」と相手に仮説を立てさせる
試 行 「○○してみよう」と思わせ、実際に行動で確かめさせる
歓 喜 「○○という自分の予想が当たった!」とよろこばせる

【こういうことかな?(仮説)】と考えて、
【実際にやってみて(試行)】【うまくいった(歓喜)】という体験をデザインする。

ゲームの世界はこの要素がふんだんに盛り込まれていて、どんどんのめり込むように設計されているそうです。

「これって音楽の学びや練習にも応用できるのでは?」

これをもうちょっと深掘りしていったら楽しそうです。

練習はなぜつまらないのか?

次に「練習がなぜつまらないのか?」を考えてみます。

練習が楽しいという人もたくさんいらっしゃると思いますが、練習が続かない人も当然いらっしゃいます。
理由は多々あれ、個人的には成功体験の少なさや、理解が追いつかないことなどが要因として大きいのではないかなーと感じています。
#そこを補ってあげるのがレッスンの役目ですよね

練習が続かない人目線で、「直感のデザイン」に当てはめてみます。

  1. 仮説:そもそも何を言っているのか理解ができない(単純に知識が足りていない)
  2. 試行:何を弾いていいかわからないから、音を出すことへの抵抗がある
  3. 歓喜:弾けないんだから楽しくない

こんな風に推測できそうです。
じゃあ、これを順番に座学から実践していくのが得策か?というと少し違う気がします。

結論、【音楽の場合は「2:試行」からはじめて、さっさと「3:歓喜」をつくってしまうほうがいい】と思います。

なぜなら【このデザインのゴールは「3:歓喜」だから】、無理やりでもゴールまで持っていってしまえばいいんです。
音楽の場合は「3:歓喜」後の方が、「1:仮説」が見えやすく・伝わりやすく・受け入れやすくなることが多いです。

練習教材のあり方

そもそも教材って【ひとりひとりに向けてデザインされていない】んです。
だから「1:仮説」が満たされず「2:試行」まで至れない。

すばらしい教材が溢れているものの、「1:仮説」までの前提知識がなかったり、道筋がわからなかったり。
途中つまづいたときに、つまずいた石ころを取り除くのではなく、取り除き方を教えてくれる人がいなかったり。

音楽や楽器って、もともとが「難しいもの」だとか「才能がある人のもの」と思われがちです。
#そんなことないですよ
でも、楽器を演奏することは意外と誰でもできることです。

ただ、【ひとりひとりに向けてデザインされた手順書がない】ことはネックになっているように感じます。
「2:試行」を最優先に持ってくる教材やレッスンがあれば、この問題もある程度解決できるのでは?と考えられそうです。

動画教材はどこまで直感をデザインできるのか

実際に、今溢れている教材の中で一番優れている教材は動画教材だと思います。

Youtubeでも、様々な演奏動画やレクチャー動画が毎日のようにアップされてますよね。
個人で学べる学習ツールとしても浸透しています。

自分にあったものが見つかれば、そこから必要な技術を学び、練習に励む。
わかりやすい動画が多いので「1:仮説」の壁も低く、「2:試行」にも至りやすい。

ただ、それでもゲームのように「3:歓喜」につながっていくかはまた別問題です。

そもそも自分にマッチした動画を見つけられない可能性が高く、
そこに至るまでに疲れてしまうという可能性もあります。

まとめると

現時点の結論は、

動画教材や教則本、練習アプリの充実から、限りなく「1:仮説」の壁は下がった。
それでも「ひとりひとり向けてデザインされたものがない」という壁を取り除くにはまだ不十分。

という感じです。

レッスンの役割はまだまだ大きいな、と感じました。
そして、「1:試行」を突破できるような「直感のデザイン」という考え方は、レッスンにも応用できそうなので考えてみます。
#自分のレッスンを見直すきっかけにもなりました

こちら読んでみて、気づきがあればまたシェアしますね。

 

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というわけで、

練習をゲームみたいに中毒化する方法はあるのか?

についてシタタメてみました。

それでは、今日もよい1日をお過ごしください。

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